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あんずカンパニー 須藤隆昭さんの会社。鍼灸院を中心にアロマテラピー、カフェ、物販を展開する会社の「元気」総会に「ミニ」ゲストスピーカーとして参加してきた。私は同友会の根幹にある「労使見解」をベースにあるべき経営者と社員の関係と社員教育のありかたなど、参考になるか分からないが20分の持ち時間の中話をした。

経営者と社員の育ちあいということに関して言えば、あんずカンパニー場合は本当によく出来ていると思う。総会の中で経営計画の発表があった。これは、対外的に出す計画と違い、社員たちが自ら前年の成果と反省をもとに作っていることに感心をしたし、そう導いた須藤さんの共育は素晴らしい。私の職場が出来ているのか?と問われれば、まだ途中と答えるしかない。暗中模索のなか、少しづつ進んでいる。あんずカンパニー、ここの経営者、社員と接していると元気になれる気がする。

釧路市(くしろし)は、北海道東部、太平洋沿岸にあるである。日本製紙王子製紙の工場を擁する工業が盛んな街で、北海道最大の穀物輸出入港釧路港が置かれた港湾都市、釧路湿原阿寒湖など国際的観光地を有する観光都市でもある。 北海道釧路支庁を設置し、道東地方を束ねる国、道の各出先機関、各金融機関が集中して立地しており、道東の政治経済の拠点都市としての役割をもつ。 from ウィキペディア
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言い換え

釧路市(くしろし)は、北海道東部、太平洋沿岸にある市である。かつて日本製紙・王子製紙の工場を擁する工業が盛んな街であったが今は瀕死の状態である。北海道最大の穀物輸出入港釧路港が置かれた港湾都市であるが利用は低迷している。釧路湿原や阿寒湖など国際的観光地を有する観光都市でもあるが来訪者も一部を覗いて減少傾向。 北海道釧路支庁を設置し、道東地方を束ねる国、道の各出先機関、各金融機関が集中して立地しており、道東の政治経済の拠点都市としての役割をもつていたが今は撤退する事業所も多い。炭鉱も綱渡り、漁業も安い魚価を量で補いっているが水揚げ量も低迷している。

こんな状態の釧路であるが、私はここで生まれてここで育った。釧路を離れなっかたのはこの街を愛しているからだ。「自己の存在根拠支える土地と人への愛情」である。ここで暮らす人々が人間らしく安全に住める街、持続できる地域、つまりここで生まれて、学び、働き、子どもをつくり、その子どもたちもここで学び、働き、子どもを育てる地域になって欲しいと切に願い、中小企業家同友会に入り経済環境改善のため微力ながら努力している。

2009年7月に小出さんの講演を聴いた。東京で行われた中同協定時総会の事だった。その話を聞いて釧路の起死回生を図れると確信した。富士市の産業支援センターの小出さん。f-bizのセンター長を是非釧路に呼びたい。そして釧路に自前の産業支援センターを作り、チャレンジする心を大切にこの釧路で起業する人を助けたいと強く思った。

2009年の2月に同友会が主催した狛江市に在住する藤村正弘のセミナーを聞いて、二人の話の中に流れる同質なものを強く感じ、これが釧路を救う大きな原動力になると確信した。

まずは釧路の歴史について振り返ってみたい。

昔は先住民しか居なかった釧路が発展を遂げたのは、アイヌたちとの交易場所が開設されたこと、釧路川上流で硫黄が採掘されたこと。石炭、製紙工場、水産基地等、これらが釧路を支える3っの大きな産業へ成長してきた。製紙、漁業、炭鉱であるが、これは国策や世界情勢により衰退の一途を辿っている。今まで三大産業におんぶにだっこで、無策に近い有様であったことを反省しなくてはならないだろう。しかし、これは多くの人々にあった三大産業にもたれかかったまま、自ら立ち上がろうとしなかった事に対するツケであり、実は多かれ少なかれどこの地方で起きている問題である。何か新しくはじめようとする人達を冷笑し冷遇してきた。

小出さんの会社名はイドム、挑むからだと思う。チャレンジスピリットは尊いと小出さんの講演の中で繰り返し登場した言葉だ。。アメリカはほとんどがキライだが、チャレンジスピリットが尊ばれている国だはすばらしい。 

<つづく>